「御承知かどうですか、あの殺人のあった部屋に、二枚折りの金屏風が立ててあったのですが、それにちょっと傷がついていたといって問題になっているのですよ。

 ところで、あなたはよくあの家へ出入りされたのですから、その屏風も多分ご存じでしょうが、以前に傷があったかどうか、ひょっとご記憶じゃないでしょうか。」

 蕗屋は屏風という言葉に思わずヒヤッとした。

 しかしよく聞いて見ると何でもないことなので、すっかり安心した。「何をビクビクしているのだ。事件はもう落着してしまったのじゃないか」

 彼はどんな風に答えてやろうかと、ちょっと思案したが、例によってありのままにやるのが一番いい方法のように考えられた。

 「判事さんはよく御承知ですが、僕はあの部屋へ入ったのはたった一度切りなんです。それも、事件の二日前にね」

 彼はニヤニヤ笑いながらいった。こうしたいい方をするのが愉快でたまらないのだ。

 「しかし、その屏風なら覚えてますよ。僕の見た時には確か傷なんかありませんでした」

​ 「ありがとう」明智はモジャモジャに延ばした頭を指でかき廻しながら、嬉しそうにいった。これは、彼が多少興奮した際にやる一種の癖なのだ。

 「実は、僕は最初から、あなたが屏風のことを知っておられるに相違ないと思ったのですよ。

 というのはね、この昨日の心理試験の記録の中で『絵』という問に対して、あなたは『屏風』という特別の答え方をしていますね。

 これはさしずめ老婆の座敷の屏風が、何かの理由で特別に深い印象になって残っていたのだろうと想像したのですよ」

 蕗屋はちょっと驚いた。それは確かにこの弁護士のいう通りに相違なかった。

 でも、は昨日どうして屏風なんてことを口走ったのだろう。そして、不思議にも今までまるでそれに気付かないとは、これは危険じゃないかな。しかし、どういう点が危険なのだろう。あの時は、その傷跡をよく調べて、何の手掛りにもならぬことを確めて置いたではないか。なあに、平気だ平気だ。

 ところが、ほんとうは、彼は明白すぎる程明白な大間違いをやっていたことを少しも気がつかなかったのだ。

(文中の「彼」の下線は巳巳による。最終頁の解題参照)

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