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「心理試験」

【 巳巳による解題 】

 この小説について私は以下の二つの点に着目する。

 

 (1) テーマが心理試験とそのデータ分析であり、それに伴い蕗屋誠一郎(犯人)の生々しい心理描写と、明智小五郎の軽快で乾いた語りが対称的に描かれる。「思考を読み取られる者/思考を読み取る者」という対立関係である。

 現在のインターネットの暗示のようにもみえる。明智はデータ分析のAIのようだ。

 (2)この小説の語り方にいくつか奇妙な点がある。

・ 登場人物の思考が平文の中に書かれる。小説の書き方としては良くある方法だが、それが妙にあいまいで平文なのか登場人物の考えなのか区別がつかないことがある。(特に笠森判事の思考を辿る部分)(3頁)

・ 「は昨日どうして屏風なんてことを口走ったのだろう。」という奇妙な主語が登場する。(語り手の混同)(6頁)

・ 作者の江戸川乱歩が読者に直接語りかける。(2頁、5頁)

 このように語り手の分散や混同がいくつか見受けられる。作者の江戸川乱歩も特に意識していなかったであろうこれらの奇妙な混乱が、小説空間そのものに向けた変容となっている。

 特に最初の二つは些細な問題のようだが、このほころびは小説構造そのものにかかわる。

 これらは図らずも「主体と言語による造形*」の極めて初期のサンプルとなっている。

 上記の(1)(2)により、この小説は作者江戸川乱歩も意図しない形でつくられた「この空間**」に対する造形的変容の一種の初期モデルと言える。言葉の上の些細な混乱には違いないが、これが、作者の意図しない形で作られた、ということが逆に重要である。

( *, **これらのことについては冒頭の“「新しい空間」について”をご参照ください)

出典:青空文庫。小説中、今はあまり使わない漢字表現は巳巳が変更した。

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