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 「なるほど、僕はちっとも気付きませんでしたけれど、確かにおっしゃる通りですよ。なかなか鋭いご観察ですね」

 蕗屋は、あくまで無技巧主義を忘れないで平然として答えた。

 「なあに、偶然気付いたのですよ」弁護士を装った明智が謙遜した。

 「だが、気付いたといえば実はもう一つあるのですが、イヤ、イヤ、決してご心配なさるようなことじゃありません。

 昨日の連想試験の中には八つの危険な単語が含まれていたのですが、あなたはそれを実に完全にパスしましたね。実際完全すぎた程ですよ。少しでも後暗い所があれば、こうは行きませんからね。その八つの単語というのは、ここに丸が打ってあるでしょう。これですよ」といって明智は記録の紙片を示した。

 「ところが、あなたのこれらに対する反応時間は、ほかの無意味な言葉よりも、皆、ほんの僅かずつではありますけれど、早くなってますね。」

 蕗屋は非常な不安を感じ始めた。この弁護士は、一体何の為にこんな饒舌を弄しているのだろう。好意でかそれとも悪意でか。何か深い下心があるのじゃないかしら。

 彼は全力を傾けて、その意味を悟ろうとした。

 「『植木鉢』にしろ『油紙』にしろ『犯罪』にしろ、その外、問題の八つの単語は、皆、決して『頭』だとか『緑』だとかいう平凡なものよりも連想し易いとは考えられません。それにも拘らず、あなたは、その難しい連想の方をかえって早く答えているのです。

 これはどういう意味でしょう。僕が気づいた点というのはここですよ。一つ、あなたの心持を当てて見ましょうか、エ、どうです。何も一興ですからね。しかし若し間違っていたらご免下さいよ」

 蕗屋はブルッと身震いした。しかし、何がそうさせたかは彼自身にも分らなかった。

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