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笠森判事の心理試験がいかように行われたか。
それに対して、神経家の斎藤がどんな反応を示したか。
蕗屋が、いかに落ちつきはらって試験に応じたか。
ここにそれらの管々しい叙述を並べ立てることを避けて、直ちにその結果に話を進めることにする。
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それは心理試験が行われた翌日のことである。
笠森判事が、自宅の書斎で、試験の結果を書きとめた書類を前にして、小首を傾けている所へ、明智小五郎の名刺が通じられた。
「D坂の殺人事件」を読んだ人は、この明智小五郎がどんな男だかということを、幾分ご存じであろう。
このお話は「D坂の殺人事件」から数年後のことで、彼ももう昔の書生ではなくなっていた。
「僕はこの連想試験の結果からみて蕗屋が犯人だと思うのですよ。しかしまだ確実にそうだとはいえませんけれど、あの男はもう帰宅したでしょうね。どうでしょう。それとなく彼をここへ呼ぶ訳には行きませんかしら、そうすれば、僕はきっと真相をつき止めてお目にかけますがね」
「なんですって。それには何か確かな証拠でもあるのですか」
判事が少なからず驚いて尋ねた。
明智は別に得意らしい色もなく、詳しく彼の考えを述べた。そして、それが判事をすっかり感心させてしまった。
明智の希望が容れられて、蕗屋の下宿へ使いが走った。
「ご友人の斎藤氏はいよいよ有罪と決した。それについてお話したいこともあるから、私の私宅までご足労を煩したい」
これが呼出しの口上だった。蕗屋はちょうど学校から帰ったところで、それを聞くと早速やって来た。
さすがの彼もこの吉報には少なからず興奮していた。嬉しさの余り、そこに恐ろしい罠のあることを、まるで気付かなかった。
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